『鏡のお城のミミ』用語/私的補足・カルネー公爵のこと
2004.09.19作成
- 7巻で最重要登場人物になると思われる、カルネー公爵なんですが、7巻を待たずに語ってしまおうかと。
それで全然違ったとしたら、また訂正記事つけますんで。
- 改めまして。
ステファーヌ・フィリップ・カルネー。
初登場時で九十歳であるにも関わらず、この人がお亡くなりになってしまうことなど想像つかないくらいの元気な爺さんです。
まあ、何があるかわかりませんから、公爵が亡くなって政治的勢力図が変わって…とかいう物語にならないとも言い切れませんが、可能なら家族の為にも物語完結まで生き延びて欲しいものです。
- そんな彼は先々代の王であるギヨーム一世の弟であると言われております。
王の弟=その前の王の子の一人、であったかどうかは、作中ではよくわかりません。
例えば彼ら兄弟の伯父が王だったとしてその王に子供がいなかった、という形でこちらの血筋に王位が回ってきた可能性もありますから。
どうしてそんなことにこだわっているかというと、若い頃から女口説いて回ってるというのが、王太子では無いながらも王子という立場の場合と、王に近しい貴族という立場の場合で、無責任度が違うというか。
でも無責任というのとは違うかなあ…彼があくまで”運命の女性”を見つけるために女性遍歴を繰り返していたとするならば、それぞれの出会いに対して真剣であったと考えることも出来ますから。
いや、でも、この人と思い切った人でない人と関係を持ち子供をつくるというのは、そう考えても不誠実か。
それに、ソランジュ様をその運命の女性として選んだこと自体はお目が高いと言えるけれど、そこに至るまでの七十歳くらいまでの間、多くの女性を口説きながらも一人も真面目なおつきあいに値する女性に出会えなかったというのは、見る目ないんじゃないのか?とも思います。
昔は身分が心の卑しさを補うと思っていた、と語ってますから貴族の娘限定で口説き回ってた結果そうなったということかも知れませんが、身分は高くても低くても、心根の良い人も悪い人もいるのは、このシリーズ全体読んでいてもわかりますよね?
どうして出会えなかったんでしょうねえ、やっぱ見る目ないというか、深い仲になるまでそれに気づけなかったみたいな感じがするんですけど。
- そんな彼も、やがて城下町で、現夫人であるソランジュと運命の出会いを果たします。
この辺の出会いと恋の始まりと成就に関しては、気になって仕方ない。
さあ、私と同じ気持ちの方は、Cobalt編集部に、”カルネー公爵とソランジュ様の馴れ初めエトセトラが読みたい”と投書しましょう(笑)。
いや、7巻ではカルネー公爵夫妻の出番は多いであろうと予想されますから、その中で少しは触れられることを、まずは期待しましょうかね。
今までのところを読んでいると、電撃的に恋に落ちてすぐ結婚にこぎ着けたように見えますけれど、二人の間に、身分による障壁とかためらいとか葛藤とか、なかったんでしょうか。
個人的には、公爵の方にそういう葛藤があって、ソランジュ様がそれを吹き飛ばした、という展開の方が好みですけど(笑)。
- どういう経緯かはともかく身分の差をものともせず(どちらかというと世間一般的には”年齢差”の方が驚異的だっただろうけど、それはさておき)、カルネー公爵は結婚したわけです。
さてここで問題になるのは、自分は身分差に関係なく結婚しておきながら、何故現国王ギヨーム三世や、あるいはエリックの、身分違いの恋を邪魔するのか。
息子であるジャン=バティストとミミの仲は奨励しているわけで、これは単なる身びいきとも取れますが。
自分やバティストはOKで、国王やエリックのは認めないという、そこに単なる身勝手以外の、何らかの判断基準が存在するものとして考えてみましょう。
- まずぱっと見で分類出来る違いは、どちらがどちら側にあわせるか、ですね。
エリックは王子の地位を捨ててミミについてきたし、ロドルフはやはり王太子の地位を捨ててもアメデ村で暮らしたいと願った。
一方公爵は、今に至るまでも公爵としての務めを全うしていていますが、ソランジュと出会った当時の歳でも別に子供らの誰かに家督を譲って楽隠居のような形で街に降りてもよさそうなものをそうしなかったし、ミミを息子のバティストの嫁にするにしても普通にこちら側に受け入れるつもりでいる。
ノブレス・オブリージという言葉をご存じでしょうか?高貴なものに生じる義務、とでもいいましょうか。それを放棄するというのがまず許せないのかも。
4巻でもエリックに、従姉のベアトリスは戦出たりしてるのに、と説教してましたよね。
- それから…ギヨーム三世の言うように、身分を超えて結ばれるというのはきれい事では済みませんから、双方の意志というのは重要ですよね。
カルネー公爵とソランジュ様の場合、ソランジュ様も全てを飛び越えて彼を望んだから、結婚に行き着いたわけで。
バティストとミミの場合は別にミミの方にはそういう意志はなかったのですが、取り込んで慣れさせてバティストに気持ちを向かせる算段であったのでしょう。
しかしながらセシルはロドルフの身分を聞かされ別れるよう説得されて従いました。
フィディルが生まれるようなことをしているのだから愛してなかったとも思いませんけれど(愛のない関係で生まれたとしたらフィディルが気の毒だ)、帰ってこない夫のこともあり、何もかも捨ててついていきたいと思うほどには、セシルはロドルフを愛していなかったのでしょう。
もしも、セシルがロドルフと一緒にいたいと望んだならば、領民を不幸にしないために、ひょっとしたらカルネー公爵は手を尽してくれたかもしれない、と思うのは、期待しすぎでしょうか。
- で、エリックとミミに関しては…ここが重要です。
エリックが自分の生まれや身分を自覚し、そこから逃げないと決意したとして、ミミがそのエリックとどうしても一緒にいたい、と言ったなら、そこに、カルネー公が許してくれる可能性があるのではないかと。
まあ、エリックに関しては本当に事情が複雑ですから(2巻でバティストがエリックとの関係について、エリックの曾祖父さんの弟の息子が自分、と紹介していますが、これはエリックが国王の義理の息子ではなくても血筋上成立する関係なんですよね、本当に。ちなみにエリックとフィディルの関係は言うなればサザエさんファミリーにおけるタラちゃんとイクラちゃんの関係に等しい)、カルネー公爵の力添えだけではどうにもならないとなったらやっぱり反対されるかもしれませんが。
- と、まあ、勝手なことを書いてみました。
息子のバティストや妻のソランジュがいい人みたいだから、ついカルネー公爵にも、悪い人ではないことを期待してしまうんですけど。
でもこっちの家庭があまりにいい人だと、エリックの親たちが相対的にやな感じに見えてきて複雑な気持ちになりますけれど。